ロックンロール
- 27122006
この雨の向こうには、もう一人の僕がいる。
僕はそう信じて、土砂降りの雨の中、一人走り続けている。かれこれ1時間は走っているはずだ。不思議と息は切れない。穴が開いているナイキのスニーカーは、水を吸って泥の塊のようになって僕の足にまとわりついてる。
目的地は、この森をぬけたところにある音楽堂だ。1年に1度、この街出身のオールドプレイヤーたちが帰ってきてライブをする。彼らは、20年前の日本のロックシーンを切り拓き、現在もなお生き様としてロックしている真のアーティストたちだ。僕の中学生時代の大半の時間を占有していたのは、まさに彼らの音楽たちだった。
それらは、キラキラもしていたしギラギラもしていた。
ここ数年間、いつもイライラしていた。仕事で良い成績を残しても、きれいな女の子と一緒にベッドに入っても、バイクに乗って時速200キロを超えても。まるで、ヘドロの海に漂っているような毎日。会社に辞表を出した。特に揉めることもなく受理され、ちょうど10日後に10年間勤めた会社に行かなくてよくなった。
ただ会社を辞めても、イライラ感はつのるばかり。部屋から出ても出なくても、僕は僕自身で僕の問題は何も解決しない。僕の問題は、根が深いのか、それとも根無しなのか。
いつのものように昼前に起きて、まずは1本のタバコに火をつけた。11階の僕の部屋にあるただ1箇所の窓を2センチだけ開け、ほんの少し冷たい風を頬に感じ、これから何をしようと漫然と考えていた。
遠くの方から音が聴こえた。聴こえたというより、かすかに鼓膜がふるえた。
枕元にフライヤーが丸まっている。今日から明日にかけて行われるロックフェスのフライヤーだった。
耳の奥で捕らえたロックンロールの咆哮は、僕の心に火をつけた。
あの山の麓に行かなくてはいけない。
外に出ると、猛烈な太陽の日差しの中、土砂降りの雨を浴びた。
バイクのキーをマンションの屋上に向かって放り投げる。そして、そのまま向こうに見える山に向かって走った。走り始めてすぐに背後にキーが地面に叩きつけられる音がした。それは、遅れて鳴った号砲だ。僕は、走った。20年ぶりに走った。
森に入ると、バスドラの振動が木々を揺らし、さらに走ると歪んだギターの音が樹皮を剥ぐ。走りきったステージには、あのロックスターが唄っているはずだ。
はじまりも終わりもない、僕らにあるのはいつも道半ば
だから満ち足りたことなんか一度もない
あるのは、いつもコップ1杯の水
この雨の向こうには、もう一人の僕がいる。
走れ、走るんだ。