白シャツ
- 2512006
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社会人になってはじめて純白のシャツを買って着てみた。
おれの仕事は、なんと表現したらいいのだろうか…。
書いた文字を消すように、個人の生きてきた痕跡を消すことを仕事としている。
出自から名前、職歴や愛する人々…そういった個人的なデータを社会的に消してしまうのだ。
簡単に言うと、死んだことにしてしまって違う名前を新しい土地で与えるのだけど
スパイ映画で見られるようなかっこいい物語ではない。
親兄弟から知人に至るまで誰にも見破られることなく完遂する。
つまり、葬式をして墓に納骨までしてしまうのだ。
もちろん、他人に身体のものであるが。
犯罪のにおいがプンプンするかもしれないし、そういったことも決して少なくないけど最近、依頼人としてポツポツと増えてきているパターンというか、人種がある。
世間で言われるところの「ニート」という存在たちだ。
彼らが甘えているとか、飢えているとか、そんなことは俺の関わる問題でもないし興味もないけど
彼らの生きてきた痕跡を消すことはあまりに空しい。
生きてきた痕跡がないのだ。
彼らにあるのは、個人的なデータだけで、「思い出」のようなヒリヒリする無形の塊が皆無なのだ。
もちろん、もともとからないのでなく、いつからか無くなってしまっているようだ。
そういったヒリヒリする塊がない人間の痕跡を消すと、その人間は本当に空っぽになってしまう。
人間はヒリヒリする塊を積み重ねながら生きている。その塊があるから生きていけるとも言い換えられる。
塊があるからこそ、リスタートをきれるわけだし、塊がなくなり名前まで失うと枠のない空っぽの箱でしかなくなる。
つまり、無限大の空っぽになってしまうのだ。
無限大の空っぽになった人間は、空っぽのまま拡散してしまい、本当にうすくうすくなってしまう。
その先にはなにもない。
リスタートするために俺の仕事はあるはずなのに、リスタート出来ない人間を完成させてしまうことになる。
空っぽの人間なんているはずない…と思っていたけど、どうやら違うようだ。
ニートと呼ばれる人々は、フリーズしたパソコンのようなものだと考えていたけど、どうやら違う。
フリーズしたパソコンに再起動かけるためのソフトが俺だとすると、ニートと呼ばれる人々はOSさえ抜かれてしまったパソコンなのだ。
OSは思い出のようなもの。そのOSがないと、再起動できない。
ぼちぼち潮時かもしれないね、この仕事。
白いシャツを買ってみた。