2005年07月 バックナンバー

丘の上の鍼灸院

ケイは今、丘の上の鍼灸院で施術されている。俺は、抱いてはいけない感情をケイに抱いてしまったようだ。四六時中、ケイのことを考えずにはいられない。

俺たちが蓮島に行く理由は、本当のところ2つある。ひとつは、蓮島にある洞窟壁のほころびを確認すること。そうすることによって、地球上の異変を把握することが出来る。そして、もうひとつが、ケイを末裔とする一族の健康状態を確認すること。これは、地球の内側で起きている異変を把握するためだ。地球は、幾多もの層によって形作られている。それらのバランスが崩れると、天災となって地表に現れる。地震がその典型だ。ケイの一族の身体は、地球と密接にリンクしているらしい。ケイの身体のひとつひとつの細胞は、地球を形成している量子と共鳴するようになっていて、ケイの健康状態は、すなわち地球の内側の状態なのだ。

現在、俺たちが行っているのは、地球の破壊活動だ。ただし、病んでしまったこの地球を立て直すための破壊活動。壊してから創る。洞窟の壁面から、地球のほころびを見つけ出し、そこを拠点にネジを緩めるように地盤をゆるめていく。地盤をゆるめると、海から水が襲う。それは凄まじいばかりの破壊力をもって、世界中の街の形あるものを洗い流す。そして、そこに新しい世界を創っていく。そうやって、俺たちカッパは、人間たちの世界を変えてきた。破壊するカッパは悪者で、創造するカッパはヒーローだ。そういう理由で、カッパ伝説には色々なタイプのものがあるのだ。

そしてその活動がケイの身体を蝕んでいく。つまり、俺がやっていることは、ケイを傷つけてしまっているのだ。たとえ、それが任務だとしても平常心でいられるはずがない。また、今、ケイが受けている施術は、少し特殊なもので、決して完治を目指しているものではない。カッパの最高決定機関がそれを望んでいないからだ。生かさず殺さずうまくやれ…とのことだ。

ずいぶん昔の話らしいが、カッパは人間との戦いに敗れ、その結果、全カッパの処刑が決定した。しかし、地球のメンテナンスをすることと現世に姿を現さないことを条件に、皆殺しの危機を免れた。そして、俺のようなカッパ200万匹が世界中の土地の維持管理を代々やってきたというわけだ。

ケイは人間かカッパか…。実は、どちらに属さない唯一の種なのだ。カッパと人間が戦いに明け暮れていた時代、突如として現れた不思議な存在…それが、ケイを末裔とする一族とのことだ。ケイの一族は、代々女系でオスを必要としない。しかるべきときに、どこからともなく子を授かり、しばらくすると母は消える。そんな一族なのだ。 母なる大地というのは、ケイの一族を地球の関係から来ているのかもしれない。

話がまわりまわってしまったが、今のケイを苦しめているのは、俺なのだ。地球のいたるところで、大災害が起きている。人間たちと人間たちが作り上げてきたものは、次々と海に飲み込まれていってしまっている。

地表は、ドロドロしたもので覆われ、そこに経験したことのない大雨がさらに降り続いている。地盤は緩み、割れ、あらゆるものが吸い込まれ、そして吐き出される。体中の毛穴から嘔吐しているような状態だ。しかし、地球はそこにとどまり、じっと嵐が通り過ぎるのを待っている。それもこれもケイが耐えているからだ。

いや、ぎりぎりのラインで耐えられるようにコントロールされているからだ。

ただ、さすがに一部の人間たちは、俺たちのカッパの反乱に気付いてしまったようだ。この人間たちは、かつての俺たちカッパと戦った人間たちの子孫だ。

また、戦いが始まるのだろうか?正直なところ、戦いがあろうとなかろうと、勝とうと負けようと興味はない。ただ、ケイの身体を案じる。それだけだ。


無題

10年後の自分をイメージして

そうなるべく努力することが

男として成功すえう近道だと

どこかで聞いたことがあるので

そうしてみた


身体の変調

ガクとの連絡が途絶えたまま、2ヶ月が過ぎた頃、わたしの身体がおかしくなったからだ。重油を注入されたように身体が重く、そしてそれが燃えるように熱い。火照っているのではなく熱いのだ。小さなころから使っている水銀の入った体温計ではかってみると、みるみるうちに水銀は昇りつめてしまった。少なくとも45度は超えているということだ。人は、45度になると生きていけないらしい。なんでも、体内の細胞は、45度という温度に耐えられないからだそうだ。たしかに、身体の中の色々なものが溶けていっているのを感じる。そして、小さな音を立てて破裂しているのも聴こえる。体内から、壊れゆく細胞の数だけ、何億、何十億いやそれ以上の数の細胞が壊れていく音は、まるで砂利の浜に打ち寄せる波のようだ。

そして、わたしの身体はある時ショートしてしまった。一人がけのソファーに座って本を読んでいたとき、プシューンと音がして動かなくなったのだ。そのまま、幾晩を過ごしたのだろうか。わたしは、不思議な香りのする部屋の小さなベッドにうつ伏せの状態で寝かされていた。肩越しに男たちの穏やかな声が聞こえる。

「奇跡の身体です。どこまでも青く深い…こんな背中をしている女性に出会ったことがない。」

「いえ、奇跡ではありません。現実なのです。この女性…ケイというのですが、ケイの身体こそが我々が何の疑問もなく立っているこの地球なのです。」

「と言いますと?」

「言い表すのは非常に難しいのですが、彼女の身体は、地球と表裏一体…いえ、同一のものなのです。それは、ケイの先祖から伝わる遺伝のようなものでして、ケイの母親も1度、ここを訪れたことがあるそうです。」

「そういうことですか。やっとわたしに鍼灸の手ほどきをしてくれた師匠が言っていたことが分かりました。」

「と言いますと?」

「師匠は、わたしにいつも言ってました。『地球のバランスに手を入れてあげたのは自分だ。お前がいまここにあるのは、今も昔も自分のおかげなんだ』と。変な話をするなと思っていたのですが、そういうことなのでしょうね。」

「多分、そうでしょう。そして、先生にケイをおまかせしたのです。」

「それは、地球を救うことになるのかな?」

「そこまでは僕には分かりかねます。わたしは、彼女をここに連れていくことを任務として与えられただけですから。」

「わかりました。やってみましょう。それにしても、すごい体温ですね。」

「2時間前くらいに計ったときは、77度ありました。」

「そんなにあったのですか。たしかにこれほど体液がフルスピードで循環していたら仕方ありますまい。では、まず身体の熱を放散させていきましょう。」

そう言うと、鍼灸師は、施術を開始した。背骨の周囲を注意深く、触診した後、幾本かの針を刺した。

どうもわたしは、島を出たようだ。


無題

連絡すべきか

連絡せざるべきか

いや

連絡してよいものか

連絡してはならぬものか

ずっとずっと考えてるんだよ