2004年11月 バックナンバー

イージー・ゴーイング~頑張りたくないあなたへ/山川健一著

世の中の音が消えるくらい夢中になってカチャカチャやってると、いつのまにか6面がそろったルービックキューブ。そんな気分にさせられた1冊。
 
(今回は“妄想ブログ”じゃありません。まじめに?“書評”でございます~照)

「楽観的でいいね。」
「いつも前向きだね。」
「毎日がおもしろそうだね。」
そんなふうによく言われる。福岡県下をカバーするステーションでラジオ番組やったり、思い立ったようにすべて借金で歯科クリニックを開業したり、時々活字となった文章がどこかに掲載されたりとローカルレベルではあるけど傍目にはおもしろそうな日常を送っているように見えるのだろう。また、それゆえにそんな風に思われるのだろう。
 だけど、実際の僕は、『得体の知れない不安感』と毎日戦っている。その原因は分かっている。結局、不安にさせているのは“自分”なのだ。自分(自己)を認識するために、一番分かりやすい指標は、周囲からの評価だったりするわけで、その評価をよりよくしたいがために自分の行動を自分でコントロールしている。その一方で、何者にもコントロールされたくない自分がいるので、そのコントロールから逃れたいといつももがいている。まあ、日々そんな自分たちの戦いの繰り返しなわけ。
 この本は、そんな僕をやさしく導いてくれそうだ。
『頑張れ』よりも『無理しないでね』
山川氏は冒頭から語りかけてくれているから。

 こんなことばかり言っているから、誤解を受けるんだと思うけど、僕は30%の力で毎日を過ごすようにしている。僕は頑張ることが嫌いだから。“根性”や“汗”という言葉も嫌い。“根性”や“汗”で頑張らなくても、前進は出来ると思っているし。
 それは、自分のスピードを見つけること。ただし、自分の能力は上げていくこと。
 自分の能力を上げていくことによって同じ30%でも違うパワーを持つことが出来るし、30%の力でも充分に自分の能力を高めていくことが出来る。そういうことを言いたかったのだけど、「30%の力で毎日を過ごしている」と周囲に漏らすと、イコール怠惰な生活に終始しているととられてしまうみたい。車に例えると、パワー不足の車のアクセルを踏み込んでだした150キロと、強烈なパワーを秘めた車のアクセルを軽く踏んでの150キロは同じようで全く違う。パワー不足の車はすぐに壊れてしまうと思う。さらに、その気になって踏み込んだ後者の車は、あっという間にパワー不足の車を引き離してしまうだろう。自分のポテンシャルは研ぎ澄ますようにあげておく準備はしておくけど、それを誇示することなく、毎日をたんたんと過ごしていきたいということ。簡単なようで難しいけど。

 「頑ばらないこともクールだよ。」と、全編に渡って言われているような気がした。そう、なんかこの本は、“言われている”ように語りかけてくる。説教くさくなく。すらすら読めて、読後に整理された自分がいるというか…。
 迷っている人、困っている人、悲しんでいる人…僕のまわりにもいっぱいいる。読むことを勧めてみよう。分かりやすく元気になれる本だから。
 
『イージー・ゴーイング』 
頑張りたくないあなたへ
◆目次

はじめに イルカのように泳ぐことができないあなたへ

第一章 ありのままの自分を知るには、どうすればいいの?

○イージー・ゴーイング
○好きなものをノートに書いてみよう
○部屋に置かれた物はすべて魂をもっている
○まず、弱い自分を認めることが大切だ
○その弱さは具体的にどういう性質のものか考えてみる
○小さな頃のことをきちんと思い出そう
○過去を変えることだって不可能ではないんだ
○今までの人生の中で良かった時、悪かった時の自分を研究しよう
○あなたのテーマソング、ぼくの「にゃんちゃん」
○あなた自身があなたを許してあげればいいんだよ


第二章 悲しみ上手になる方法

○好きな曲をひとつ見つけられると、1カ月は元気でいられる
○悲しむことの大切さについて考えようね
○上手に「あきらめる」ことも大事だよ
○右の天使と左の天使
○孤独力に磨きをかけること
○ネガティヴ・シンキングの効用
○頑張ってるのにうまくいかないのはどうして?
○眠れないことを気にしちゃダメだよ
○お風呂場で泣く女
○年をとることを怖がらないでね
○「成功」という名の呪文に騙されちゃいけないよ


第三章 愛されたいと願うあなたへ

○愛されていないのではないかという怖れ
○傷つくのは悪いことじゃないよ
○家族は社会からあなたを守ってくれるシェルターだ
○ぼくらが母親と父親から学ばなければならないもの
○「共依存」のスパイラルを断ち切るために
○「ボーダー」の男女がもつ華やかさと脆さ
○フェアな自己主張、アンフェアな自己主張
○パニック症候群は長くは続かない


第四章 幸福のタネを育てよう

○「私なんて」「もっと○○○なら」なんて言っちゃダメだよ
○あなたの中にも幸福の可能性が眠ってる
○幸福はお金のように貯め込んだり保険をかけたりすることができない
○たとえば記憶力の不思議さを知ることから広がる世界
○右の天使と左の天使の話
○神様のいない僕たち/片岡義男氏とコーヒーを飲んだ午後
○動物達とのふれ合いのなかから
○「イージー・ゴーイング」の王様、ライオン
○あなたはライオン型かトラ型か?


第五章 夢と生き方のスタイル

○現実六割、夢四割と考えよう
○生き方のスタイルをきめて美しく生きていくこと
○光があたったコップのこちら側
○「○○しなくちゃ」からは何も生まれない
○立身出世におさらばしよう
○仕事をする上で大切な最初のこと
○たとえばあなたが編集者だったとしよう
○日本人としてのスタイル(引き算の生き方)
○想いはどこにいくのか
○言霊の力が夢を叶えてくれる

 あとがき 

おまけ1/僕が、ラジオで紹介しているクラブミュージックの世界は、無数とも思えるほどのインディーズレーベルが存在する。そして、そのレーベルごとに方向性がはっきりしている。だから“レーベル買い”といってアーティストの名前ではなくて、レーベルの名前でレコードを買うことが珍しくない。そういった意味で、著者の山川氏がたちあげた【アメーバブックス】が、“レーベル買い”出来るような出版社になるといいなと思う。

おまけ2/僕は、『1年に1つは満足出来る発表』を目標にしている。昨年、宝島社の“僕たちの好きな村上龍”に文章が掲載されて以来、満足出来る発表が行えてなかった。「今年はこのまま終わりかな」と思っていたところに、この書評企画があり応募。そして昨日、とても勇気の出るメッセージをアメーバブックス編集部の方よりいただき、長々とした文章をアップした。もちろん、これは『満足出来る発表』なので、今年はこれにてOK(笑)。来年もなにか発表するぜぃ!


パープルリバー

「ここを買いませんか?一棟全部。」
 昨日、仕事の打ち合わせの後入ったホテルのバーカウンターで言われて差し出された1枚の写真。なんとも不思議な話だった。

 僕は、上々の打ち合わせが終わり、なんとなくそのまま帰る気にもなれず、そのまま同じホテルの地下にあるバーに入った。平日の遅い時間ということもあってか、客は僕と初老の紳士の二人だけだった。上質なツィードのジャケットをさりげなく着こなしたノーネクタイのその男性は、カウンターストゥールをひとつ隔てて座っていた僕に話しかけてくれた。
「失礼ですが、油絵をされているのですか?」
 僕は、趣味と言うのも恥ずかしい程度に絵を描いている。それは、自分自身をリセットしたいときに描く程度のもので、同軸に料理を作ったり、ミックステープを作ったり、外をジョギングしたりと色々あるものの一つだ。油絵の具の匂いが好きで絵を始めたくらいで、絵に関するセンスも知識もない。ただ、その匂いが好きだからクローゼットの中に絵御を描く道具を置いている。だから、僕の洋服は一種独特の匂いがするらしい。その匂いに彼は反応したんだと教えてくれた。
「描いてますが、描いていると言うにはあまりに恥ずかしい絵です。」
「それはどうして?あなたはとても良い雰囲気を持っていらっしゃる。きっと繊細で美しい絵を描くと思うのですが。」
 上々の打ち合わせと、ほどよくジンの入ったジンバックのおかげで少々饒舌になっていた僕は、匂いの秘密について話した。
「そうですか。好きな香りに囲まれているわけですね。私も以前、少々絵を描いていたのですが、もうこの通り老いぼれでして、小さくて汚い画廊を経営しているような状況です。」
 画廊を持つことは、僕の中で少なからず目標にしているところがあって、その話を詳しく聞かせてもらうことをお願いした。
「いえいえ、そんなたいそうな画廊ではないですよ。画廊というよりは、貸しアトリエみたいなものですし。それに私がはじめたのではなく、亡くなった私の妻がはじめたものです。それに法律なんかが微妙に絡む土地に建っているものですから、改装や立て替えが出来ずにオンボロ中のオンボロです。この場所はご存じですか?」
 そう言って、その紳士は僕に1枚の写真を差し出した。その場所は、あまりに有名な場所だ。小倉にある川の上に建つ集合住宅形式のアトリエだ。年に一度、入居しているアーティストの共同展があって、それに毎年行っている。行ってみて気付くのだが、年に2,3組ほどのアーティストが入れ替わっていて、さらにそのほとんどが美術雑誌を購読していれば、必ず目にする“注目株”たちばかりだ。
「知ってます。知ってるどころか憧れの場所です。僕が聞いている話では、全18室。中は15畳程度のスペースがあって、常に満室状態の貸しアトリエ。実は、そこに入りたくて、色々な不動産屋に聞いてまわったこともあるんです。ところが、どうも賃貸情報の中には出てこない。出てこないどころか連絡先も分からない。そのアトリエに入っているアーティストの方に聞いたこともあるんですよ。」
「そうですか。それでなんとおっしゃってましたか?」
「それが、どうもピンとこない答なんです。ある日突然、小包が届くそうです。中身は、『入居募集』と描かれた1枚の手紙と、古い鍵が一本だけ。」
 その紳士は、ニコニコしながら聞いている。今夜の僕は、いつになくよく話す。内心、そのアトリエに入れるかも…という期待があったから。
「そして、そこの場所を訪れると、すでにその人の名前が書かれたネームプレートが扉にかかっていて、部屋の中の大きな作業机に1枚の紙があるそうです。」
「ほうほう。」
「その紙には、こう書かれていると聞きました。『退去日時は自由です。退去するときは、窓際にあるボタンを押してください。ただし、一度押すとここには戻って来ることは出来ません。では、心ゆくまで。』と。」
「ほうほう。」
「そのボタンを押すと、川の中に仕掛けられた無数の電球が一晩だけ点滅するそうです。それも部屋毎に点滅パターンが決まっているみたいで、点滅が始まると入居者全員が集まってビールとつまみを持ち寄って対岸で見学するのが慣習化しているとも言ってました。そして、1人アーティストが退去するといつのまにか別のアーティストがやってくる。つまり、入居者は出ていくときの仕組みは知っているけど、入るときの仕組みは分からないと言ってました。」
 僕が話し終わると彼は、僕と同じものをとバーテンダーに注文しこう言った。
「概ね、そういうことでしょうな。実は、持ち主の私にも詳細は分かっていないのです。さきほども言いましたように、妻の持ち物であり、妻がはじめたものですから。妻が他界してからは、私ではなく私の1人息子がやってましたし。実は、その息子も先立ちましたね。1週間前に急に亡くなりました。もともと、人付き合いが得意なほうでもない私はこれで完全に1人になりました。いえいえ、そのこと自体は悲しくありません。逆にやっとカルマが落ちたような気分です。さきほどあなたがおっしゃった“リセット”という状態と申したらよろしいのでしょうか。私1人が生活していくくらいの蓄えもありますから、これからは本当に呑気に暮らしていけるというものです。ただ、気になるのはあの場所の行く末だけです。あそこだけは、私がいなくなっても残っていて欲しいのです。あそこはもともと私の妻の祖父の持ち物で、それを維持しておかないと私があの世に行ったとき、妻やその家族から怒られてしまうでしょうからね。」
 そう言ってほがらかに笑い、ジンバックを一口飲んだ。
「とても魅力的な話ですが、僕に購入する資金があると思えません。知り合いの不動産屋を紹介しましょうか?それと、出来れば僕に入居するチャンスをもらえませんか?」
「いえいえ、あそこに入居する選考は私がやっているわけではないのです。ここだけの話、その選考はイタリアに住むある著名なキュレーターがやっているのです。この方も、妻の古くからの友人で、僕はお話さえしたことありません。イタリアの言葉を話せるわけでもありませんしね。それに、あそこは値段がないのです。」
「え?」
「川の上でしょう、あのアトリエは。川の中から柱を建てて、そこに長屋を作っている。まあ、違法と言えば違法ですな。戦後のどさくさにまぎれて作ってしまったらしいのです。何度となく立ち退き話はありましたが、それなりに有名な場所になったし、誰に迷惑かけているわけでもないので、最近ではもう黙認されています。ただし、家賃収入はありません。だって、違法なんですから、建物自体が。そんなところで商売するとお上も黙っていないでしょうね。考え方としては、川の上に芸術家の人たちが夜な夜な集っているといった認識の上に成り立っている場所なんです。」
「屋台みたいですね。そんなことが許されるのですね、びっくりです。」
「そうそうない話でしょうな。まあ、だけどそんなところです。しかし、誰か管理者はいるわけです。法律上、所有してはいけないけど管理してくれということみたいです。というわけで、お金は一切かかりません。よければ連絡ください。」
 その紳士は、名前を電話番号だけが記された名刺を僕にくれた。そして、トイレに行くと退席したまま、帰ってくることはなかった。飲んだフィーを払った様子もなかったが、僕の分まで払って帰ったようだ。帰り際、僕はバーテンダーに尋ねてみた。
「お聞きになられたと思いますが、どう思われますか?」
 バーテンダーはこう言った。
「楽しそうにお話されてましたね。」
それだけを言うと、小さく頷いた。


サンライズ リゾート

ここは僕のお気に入りの場所だ。  
バブルの遺産とでも言っていいのか、管理会社が倒産した県境にあるリゾートマンション。彼女が生まれた年に、彼女の祖父が彼女のために購入したもの。部屋は、40平米ほどの広さの2DK。比較的大きなベッドルームに小さな和室、そして簡単なキッチンに遠慮がちなユニットバスという、どこの街にもあるような賃貸マンションのようなつくりをしている。どんなに贔屓目に見ても“豪華”とはいえないこのリゾートマンションの購入費用が、当時4500万円だったいうからバブルという時代の怪物加減が分かるよね。
質素な内装に比べて、外装や建物自体の装備品はゴテゴテしている。門柱からエントランスに続く道は、こ洒落た石畳風でありその脇には人工の河が流れる。自動ドアの両脇は龍神が配置され、そこを入ると目の前にグランドピアノが置かれている。1Fは、もともとロビー階で、薄暗い蛍光灯だけがともり、倒産によってスタッフのいないカウンター、電気の通っていない自動販売機、商品が並んでいないおみやげコーナーなど、薄気味悪いことこの上ない状態だ。
祖父が孫のためにリゾートマンションを購入するくらいだから、彼女の生家はそれなりに資産家なのだろう。“だろう”と言うしかないほど、彼女に付随するものの情報を僕はあまりに持ち合わせていない。それは僕にとっても興味ないことであり、彼女にとってもそうであるようで、彼女のほんの少しの過去とそれから以後彼女自身が自分の手で手に入れたものしか知らない。
彼女の祖父は、数年前に亡くなっている。その遺産相続が大変だったらしい。親族が骨肉を削る争いの中、彼女は家を離れている。無駄な時間、無駄な争いからフェードアウトするように。文字通り、身一つでスタートした彼女に与えられたのは、この朽ち果てそうなリゾートマンションと大きめの旅行鞄2つ分の荷物。
彼女は現在、農業に従事している。それまでの職業は、ブライダルプランナーだったらしい。その転身に彼女は満足しているようで、家を離れるまでの彼女の口癖だった
「つまんない。」
を聞くことがなくなった。そして来年、念願の自分の畑を持つことが出来るそうだ。借地ではあるが、3ヘクタール分の土地で自分の思い描くスペースを作っていくとのこと。その彼女と久しぶりに来たこの場所で撮らずにはいられなかった写真がこの1枚。秋も終わろうとしているこの時期に何故、彼女は水着を着ているのか?そう思わない?
彼女の収入は驚くほど少ない。持ち物自体、例の旅行鞄に入れてきたものからほとんど増えていないらしい。贅沢と言えば好きな本を月に数冊買うことくらいで、あとは生活というよりは生きていくために必要なものを買うのが精一杯だと笑いながら教えてくれたことがある。下着類も家を出て以来買っていないらしく、鞄につめてきたものを大事に大事に使ってきた。体型を変えるとアウトなので大変なのよと言っていたな。そんな下着たちも、だんだん使用に耐えられなくなりここ半年は1セットを毎晩洗濯しながらつけていたらしい。ところが、昨晩は深くにも干す前に眠ってしまったらしく、下着代わりに水着着用となったのこと。
「あなたに会うのに、汚れた下着じゃイヤだったから。」
少しだけおどけた表情でそう言われた僕は、嬉しくなってカメラを構えた。
ちょっとだけ怒った彼女が見えた。


深淵なる世界への入り口

『一日のはじまり』で書いたネコのことなんだけど、どうも僕らが住んでいる世界とは違う世界への入り口を見つけたみたいなんだ。その入り口は、キッチンの一角にある壁じゃないかなと思っている。エサを入れた容器を置いている場所から50センチくらいの距離の場所。 
なぜ、そんなことを思うようになったかというと、彼がいなくなってから、その壁のある一部分だけが色が変わってきているんだ。 
3年ほど前、突然大きな絵を描きたくなったことがあった。もともと趣味程度に絵を描いていたので、アクリル絵の具はあった。ところが大きなキャンパスがない。そこで、大家さんには悪いなと思いつつ、キャンパス代わりにしたのがその壁なんだ。描いたのは、『黒猫』。そう彼をモチーフにしたものだった。 
黒バックに黒猫を描くということは、大量の黒い絵の具がいる。絵を描くとき、黒と白をよく使うので、他の色よりも多く買い置きしていたけど、畳1畳分くらいの壁を塗るほどの量はもちろん持ち合わせてなかった。そこで、小さなバケツの中に白以外の絵の具を全部ぶちまけて、ぐりぐりに混ぜ合わせてみた。
狙いは予想以上の結果となった。黒に見えるけど黒とは違う、なんとも言えない深い深い色が生まれた。そして、僕はまず壁にこう描いたんだ。
“深淵なる世界への入り口”
その文字をしばらく眺めた後、まずは壁一面を丁寧に塗り込み、その後、白色を用いて黒猫の輪郭を描く。それを何度も繰り返した後に完成したのが今日の写真の絵。ほとんどが黒で占められていて、見る人にとっては気持ち悪い絵かもしれない。彼にとっても、はじめはそうだったみたい。その壁に対して、威嚇してみたり爪をたててみたり…。だけど、そのうちお気に入りの場所になったようで、ゆっくりするときは決まってその場所に腰を下ろしていた。
僕にとっても、その絵はいまだにお気に入りで、その絵と別れるのが惜しいこともここを引っ越さない理由、それも大きな理由の一つなんだ。そして、その絵の麓あたりの色がぼんやり円形に変わってきた。同じように黒なんだけど、なんだか吸い込まれるような色に変わってきた。もちろん、その部分を触っても何も起こりはしない。だけど、見れば見るほど確信へと僕の心が揺さぶられる。
深く深く繋がっている。
どこか、僕が知らない世界へと繋がったのだろうか?
彼は、その世界の住人になったのだろうか?
そこはどんな世界なのだろうか?
何か分かったら連絡するね。


3人模様

僕は1歳になったばかり。
お父さんとお母さんはとても仲良し。
最近、歯が生えてきたんだよ。下の歯から。
だから、歯ぐきがちょっと痒い。
今の悩みはそれくらいかな。

俺は、30歳。
妻と息子と楽しくやってる。
息子は、“たかい・たかい”が好き。
だから、毎日、10回ワンセットで3回はしてる。
息子の笑顔は、心のビタミン。

わたしは、24歳。
夫と息子は宝物です。
この写真を撮ったとき、息子がおならした。
バフッ!バフッ!ビッ!
くさいくさい。
だけど、それも含めて幸せです。


サコ

夜明け時は、ほとんど毎日起きている。そんな時間に何をしているかというと、“5キロのジョギング→シャワー→部屋の整理→読書”の繰り返し。毎日、毎日、休みなく続く習慣。
前の晩から眠らずに起きていることも早起きして起きていることも両方ある。「いつからの習慣だろうか?」とふと思い、あれこれ思いめぐらせてみたけど、どうにも思い出せない。確かなのは、好きで好きでたまらない女性がある日突然、僕の前から姿を消したことが原因だった。一緒に住んでいたはず…なのに。“はず”と言うしかないのは、記憶があいまいだから。人は限界を超えたショックを与えられると自己防衛のために、一時期の記憶をなくしてしまうなんていうことをよく聞くけど、まさにその状態なのだ。一緒に住んでいたはずというのは、僕の部屋に彼女の持ち物が沢山残っていたから、そう思っているだけなのだ。しかし、その持ち物の中には、彼女の生い立ちを推測できるものは何も残っていない。唯一、彼女自身かもしれないと想像出来るものは、玄関に飾られた小さなアクリル画で、右下に小さく「sako」とサインされている。“サコ”なのか“サエコ”なのか“サヨコ”なのか“ミサコ”なのか、全く違う名前なのか…。
とにかく、僕はいまだに毎日違う夜明け時を毎日同じように過ごしている。


誰だ/電気グルーブ

ヌハハ
トホホ

パパラッチには気を付けろ~


一日のはじまり

突然いなくなったんだ。
彼女の手からスルリとすべり落ちて、キッチンへ向かいそのままいなくなった。
いなくなる30秒前の写真がコレ。
だけど、彼は消えてしまったわけではないようだ。
一日に一度、それも僕が眠っている間に食事と水をとりに来ているみたい。
だから、僕はたんたんと彼のために食事と水を用意して、冷蔵庫の横に置いておく。
呼んでも叫んでも今は僕の前に姿を見せてはくれない。
だけど、朝起きて、空になった食器を見ると不思議と安心する。
そこから一日がスタートする。


ネクタイ ノーネクタイ

はじめてネクタイをしたのは、大学の入学式のとき。
なんだか、くすぐったい気持ちで嬉しかったのを覚えている。
現在、ネクタイをする必要のない仕事をしているので、ネクタイをするのは年に数度。友人の結婚式のときくらいのものか。ネクタイというのは、なにかのアイコンなんだろうな。マナー、倫理、社会性…。
実は、最近、結婚式のときですらネクタイをしていくのが億劫になってきた。ネクタイをすることによって、大事なものを失うような気がするんだ。
「そんなちっぽけなことを…」
そう思うだろう。10代のころは、ただやみくもに“自信”があった時期ってなかった?それも“根拠”のない強い“自信”。それがいつしか消えてなくなってしまい、イヤだイヤだと思いながら、毎日を過ごしている…そんなことってない?
別にネクタイを外したからといって、あの頃の自信が呼び戻せるなんて思ってない。だけど、ネクタイくらい外したっていいじゃないかと思うだけ。そんなことで、判断される社会に住んでいるのが窮屈なんだ。


現世は三次元

この写真を見て、「横から危険が迫っている」と思うよね。それは、2次元を3次元に頭で変換できている証拠。
では、打ち上げ花火を思い浮かべてみて。花火は、濡れた紙の上の絵の具が同心円状に拡がるように丸く形をなしていく。僕が住んでいるアパートは、夏祭りの花火大会を観覧するには最高の場所。2年前、ベランダからその花火大会を楽しんでいる時、不思議な違和感を感じたんだ。
「花火って、二次元的に拡がるのではなくて、三次元的に拡がっているのでは?」
つまり、ボールが膨張するように拡がっているはずだと感じて、それが違和感として僕を捉えたんだろうね。それで、瞬きせずにじっと花火を凝視すると、やはりそうらしい。だって、花火の中心に近い部分は僕に迫ってくるように見えたから。ということは、横から見ても上から見ても丸い打ち上げ花火が見られるということだよね。このことって、みんな知っているのかな?僕としては、かなり大きな発見だったんだけど(笑)。
というわけで、いつか花火を上から…空から見てみたい。
そう思わない?


平和万歳と戦争反対

『平和でいこう』と『戦争反対』…同じようで微妙に違う。後者は、それ自体が“戦う姿勢”を感じてしまう。だから前者の立場で生活している、していたい。ひとりぼっちでは生きていけないから、結構難しいけどね。
ピース。


リサイクルショップ 【コスモス】

リサイクルショップを見つけると、とりあえず入る。
最近のリサイクルショップは、こぎれいなところが多いよね。以前は、「どこで拾ってきたんだろう?」という品物ばかりが雑然と店内に置いているようなお店ばかりだったのにね。どちらが好きかというと、どちらも好きです(笑)。だから、とりあえず入る。つい先日も行き先も決めずにブラブラと実家の周りを歩いていると、自宅の倉庫をそのままリサイクルショップにしている場所にたどり着いた。実家は、周囲が田んぼだらけの田舎町で、そんな場所にあるリサイクルショップってなんだかワクワクするよね。
お店の中に入ると、おばあちゃんが毛糸を紡ぎながら店番をしていた。「こんにちわ」と挨拶したら、にっこり微笑んで「よくいらっしゃいました。なんもないけど、色々と手にとってみてください。」とだけ言って、作業にもどった。商品は、どれも古いもの…時代を感じさせられるものばかりで、個人的にはとても好きなテイストのものばかり。そして、すべてのものが「大事に扱われてきたんだな」と分かるような味わい深い雰囲気のものばかり。傷だらけで、時には修理や補修が施されたものもあるけど、すべての商品がきちんと機能するし、きれいに磨きあげられている。僕は、ブリキの車を購入した。代金を受け取り、おばあちゃんはこう言った。
「ありがとさん。この車は、私の孫に買ってあげたんだよ。40年も前になるかいな。立派な男になって、3人も子どもをこさえよった。遠くにいるから、なかなか会えないけど、お正月には帰ってきてくれると思う。楽しみじゃよ。楽しみ。はい、おおきに。」
その車には、小さな字で名前が刻まれている。きっと、おばあちゃんの息子の名前なんだろう。
「わたしもじいさんが亡くなって3年が過ぎてね。ただ、なんとなく毎日を過ごすのももったいないなといつもいつも思っていたんだよ。先月、88歳になってね、なにか新しいことを始めようと思いついてね。それで、このお店を始めたんだよ。」
「どうして、リサイクルショップなんですか?」
「88年も生きているとね、たくさんのものごとがるもんなんだよ。嬉しいこと、悲しいこと、楽しいこと、苦しいこと。そのひとつひとつが「思い出」っていうもんなんだろうけど、どうも整理してみたくなったみたい。だから、家の中のものをココに並べては、いあれこれ思い出しているんだよ。」
「売ってしまっていいの?」
「それぞれが大切なものだけど、冥土には持って行けないでしょ。「思い出」は持っていけるかもしれないからね。一つでも多く思い出して、整理しておきたいんだよ。」
 ふらっと入ったお店だけど、ちょっとファンになったかも。
「また、来るね。」
「はいはい、お持ちしてますよ。」
来週、また行く予定


素晴らしく感動した日本語2

素晴らしく感動した日本語2

(1つ下からお読みください)

うんちをすると必ず股間から確認する我が子。
「パパ、うんちがお月様になっとる。」
そこには、途切れることなく出された立派なうんちが便器の中を泳いでいた。


素晴らしく感動した日本語

スポンジが水を吸収するように言葉を覚える我が子。
今年の夏に夜空を見上げてこう言った。
「パパ!お月様がスイカになっとる」
彼の視線の先には、まぶしいくらいの立派な半月があった。


真夏のサファリ

この写真は、僕が小さな頃、はじめて自動車が我が家にやってきた時のもの。
ミニカー漬けの毎日で、ミニカーを収納する立体駐車場のおもちゃをどれほど欲しかったことか!(買ってもらえなかったけどね)そんなガキンチョが本物の車を目の前にした時の感動や驚きは今でも覚えている。助手席に座るのが大好きで、ハンドルを握る真似をして、進行方向どおりにハンドルを切ることを延々とやっていた。
はじめての遠出は、別府にあるサファリパークだったことも覚えている。真夏に行ったんだけど、この車にはエアコンなんぞいう高級なものは付いていない。サファリパークという場所は窓を開けると危険なので、当然閉めきったまま車を進ませることになった。真夏のサファリを密閉された車で移動するとどうなるか…。サウナ状態なんていう生やさしいものではない。まさしく地獄だ(笑)。それを見越してかどうか、サファリパークのゲートに入る前に、『冷凍みかん』を売っていて、ほとんどの車がそれを買っていた。我が家も理由も分からず買った。しかし、これが命綱だったんだよね。高温の車内の中で、冷凍みかんをおでこや手足に当ててつつ、サファリ観賞…これ鉄則(笑)。命からがらサファリを出た後は、窓全開→さわやかな風に深呼吸!
『はじめて話』は、けっこうおもしろいネタを持ってるはず。教えてくれないか?


こども相撲とその景品

昨日、山口県に山の中にある神社のお祭りに行ってきた。
そこはテレビに出るような大きな神社ではないけど、“気”に流れが素晴らしく気持ちよい場所で、とてもリラックス出来る。
「おらが町のお祭り」っていう感じで、とてもアットホームな雰囲気の中、地元の人が沢山訪れる…そんなお祭り。子どもたちも連れて行ったんだけど、目的は2つ。ひとつは、地元のおばちゃんたちが作る焼き鳥、おにぎり、たこ焼きとお相撲さんが作るちゃんこ鍋を間食すること。もうひとつは、子どもを“子ども相撲”にデビューさせること。もちろん、達成したけどね。
そして、写真のおもちゃは子ども相撲の参加賞。レトロな町のレトロなお祭りにふさわしい景品だよね(笑)。地元のじっちゃんたちが子どもたちに喜んでもらおうと一生懸命選んだんだろうな。ジーンときたよ。
60円と書かれているけど、僕のお小遣いのスタート金額は、一ヶ月300円だった。小学3年生くらいからだっと思うけど、それから毎月10円アップ。500円や600円という区切りを迎えたときは、大人になったような気がしたもんだ。