2004年10月 バックナンバー

始まりか?終わりか?微妙な瞬間

15年くらい前の話になるけど、ある写真家(T氏)と会うことになった。当時の僕は、FMのオーディションに合格したばかりで、まだ番組は持っていない頃。歯医者になるための大学にも行っていて、ラジオの仕事はしたいけど両立できるかどうか悩んでいた。T氏は、これぞアーティスト!という空気感の人で、今でも僕にとって憧れの存在でもある。
T氏は1枚の写真を出した。
「僕はもともと会社員をしていたんだけど、この写真を撮った時に“写真で生活できる”と確信して、この道に入ったんだよ。」
その写真は、スケートボードを持った少年を横から写したものだった。どこをどのように見たら、その写真から大きな決心が出来るのか分からなかった僕は長い間沈黙しているしかなかった。するとT氏はやさしく笑いながら、こう言った。
「この写真の少年は、“これから歩き出す”のか“歩くのをやめる”のか分からないよね。その微妙な瞬間を捉えることが出来たから決心できたんだ。」
その写真を再度よく見てみると、少年の片足は地面から離れている。確かに離れていて、歩き始めるのか立ち止まるのか判断出来ないシーンだけど…なぜ、その写真によって人生を変える決心が出来たのか分からなかったし、正直なところ今でも分かっていない。
「僕の場合は、この写真がそうだったんだけど、君にもそのうち進むべく道を決定づける何かが目の前に現れる時がくるはず。だから、それまではおおいに悩み、考え、もがくことも大事なんだよ。」

あれから15年くらいがたつけど、いまだにその写真の持っていたパワーは理解出来ていないし、僕の進路を決定づける何かも現れていない。だけど、僕はラジオと歯医者の2つをやり続けている。

いつか、あの写真の意味が分かるときがやってくるのだろうか?
いつか、僕を揺り動かす何かが現れるのだろうか?
あなたにとって、そんな“何か”はもう現れていますか?

で、この写真は…
『女性が男性に鼻ピースを“これからする”のか“終わって抜いている”のか、判断出来ない』微妙な写真(笑)。
あ~、こんなことばかりやっているから、大事で必要なことはいつまでたっても分からないのかな~。


コメント機能を使って占ってしんぜよう

(問)上の写真を見て、まずあなたはどこに目がいきましたか?

☆下のほうにある“コメント”より、お答えください。
回答方法は右記の順で(1、見たところ 2、年齢・性別 3、相談ごと)。
僕があなたの悩みなどにずばり答えます。なお、回答は以下を参考にお願いします。待ってるぜぃ!

(例)1、首すじ
   2、25・女
   3、彼氏の……


秘打『白鳥の湖

ドカベンを知ってますか?
殿間を知ってますか?
秘打『白鳥の湖』を知ってますか?
これって、野球少年だった僕らは必ず真似したんだよな。
というわけで、30年ぶりくらいに友人と挑戦してみることにした。
それも三萩野球場を借りきって。
はっきり言ってアホだけど…そこがなんとなく誇らしい(苦笑)。


JHO8

“ドン”が帰って行った後が大変だったらしい。
 人がいるとしゃべくり散らすタイプなので、校長をはじめ教頭、教務主任等々の先生たちに、イタリア行きの詳細がバレてしまった。どんな処分が下されるんだろうと戦々恐々としていた叔母たち…。結果はおとがめなし。校長がシャレの分かる人だったこともあるけど、結局はイタリアに旅行に行ったみたいなものだしね。ただし、一つだけ条件をつけられた。
『1年以内にクラブを全国レベルのものにすること』
 実は小学校同士といっても微妙なライバル関係があるらしく、全国大会レベルのものを持っていると、出世に関してそれなりに優遇されるらしい。叔母たちは出世欲を持てるようなポジションではまだなかったのでピンとこなかったけど、いくらか年かさのいった先生たちはそうでもなかったんだろうね。そして、叔母たちはやってのけた。全国で3位入賞。それ以来、その小学校はいまだに『音楽が盛んな学校』として有名らしいから、物事のきっかけというのはおもしろいよね。
 そして今日の写真だけど、この女性はそのクラブの出身で来月にデビューするらしい。もちろん、イタリアではなく日本でね。叔母たちは、その小学校を離れた今も時々クラブに顔を出してお菓子の差し入れなんかをしているらしいけど、彼女はクラブでは抜群に目立っていた存在とのこと。あらゆる楽器をマスターして、小学2年生の時にはオリジナル曲を作ったというんだから。病人のような(失礼)メイクをしているけど、小学生の時はいつも三つ編みをしていてほっぺた真っ赤っかの女の子だったとも言っていたな。デビュー曲を聴かせてもらったけど、とても不思議な曲だった。落ち葉かカサカサ鳴っているような…そんな曲。さらに、もう一つだけ秘密の話を…。叔母たち3人は彼女のレコーディングに参加しているんだよ。『鉄琴』でね(笑)。彼女からオファーを受けた時は驚いたらしいけど、二つ返事でOKしたとのこと。もちろん、学校には内緒で参加したみたい。結成20年を過ぎてのデビューなのかな、一応。
 彼女のデビューCDの片隅に小さく記される予定の言葉も教えてもらった。



JHO7

「見たよ。見た見た、ニュースペーパーを!お前たち頑張っとるな。俺の勘違いで俺もお前たちも散々だったな。がははは。俺なんて、また資金集めからスタートだ。じゃあなっ!。」
それだけ言うと、ドスドス帰って行った。
残された3人は、またまた“キョトン”のまま苦笑いするしかなかった。


JHO6

日本に帰ってきてからは何事もなかったように学校の先生をやっていた3人。学校側の依頼もあって、叔母たちは『音楽クラブ』なるものを創設し、放課後の時間を使って児童たちに音楽を教えるようにもなっていた。このクラブは結構な人気で、楽器の数が足りなくなって奪い合いが起こるほどだったらしい。地区のお祭りや老人ホームの慰問などもこなすようになり、評判が評判をよんで新聞にもその活動ぶりが取り上げられたこともあった。叔母たちはあくまで顧問なので、相変わらずライブを経験することもなく余った時間を使って、YMOのコピーに励んでいた。
 いつもどおりに授業を終わらせ、職員室でテストの採点などをしていたら、教頭先生が叔母たちを呼びに来た。
「お客さんですよ。」
誰だろうと考えながら、応接室の役割をしていた部屋に行ってみると…。
 “ボス”がいた。


JHO5

ピザをくわえたまま“ドン”は天井を見上げたまま微動だにしなかった。そして、そのまま大泣きしはじめたらしい。熊が遠吠えするように。叔母たちも困ってしまって、うつむいたままかなりの時間が過ぎた。すると、“ドン”はぴたりと泣きやんでこう言った。
「まあ、そう落ち込むな。」
 まったくもっておめでたい人で助かったと叔母は言ってた。なんでも、“ボス”はヨーロッパでもう一花咲かせようと思っていたYMOが自分を頼って来たと思っていたらしい。その大きな勘違いに気付いて大泣きしてしまったけど、“ボス”は叔母たちがもっと落胆しているだろうと勘違いに勘違いを重ねたとのこと。
「まあ、そう落ち込むな。前向きに生きていかなきゃ、この国では取り残されてしまうぜ。お前たちがYMOだろうとJHOだろうとどうでもよくなった。明日からのことは明日考える。楽しくやろうぜぃ。」

 “ボス”の勘違いから来てしまったイタリアで叔母たちがどうやって過ごしたかというと、これまた不思議というか、いい加減で、かなりの数のテレビや雑誌のインタビューを受けたらしい。例の写真は、“ボス”の知り合いのルーマニア人が作ったらしく、“ボス”のデザインイメージ「東洋の神秘」「謎の日本人」というものに沿って、叔母たちが事前に送っていた写真を加工して作られたとのこと。ルーマニア人にとっての日本のイメージがあの3枚だったんだろうね(苦笑)。インタビュー資料としては、“ボス”の作った大げさなプロフィールと例の写真だったらしいけど、そのプルフィールはさながら「日本のトップスターがイタリアを拠点に再出発!」みたいなノリだったらしく、当時のオリエンタルブームにのっかって、叔母たちがイタリアに行く前からかなり盛り上がっていたみたい。“ボス”のマスコミに対する手腕は、かなりドンピシャだった。叔母たちもしぶしぶながらインタビューを受けているうちにもっともらしい受け答えが出来るようになり、いつのまにか『鋭意レコーディング中』ということにまでなった。当然、レコーディングの予定なんてなく“ボス”は
「音のほうはまだだけど、ジャケットは資料に入っている写真を使う。だから、どんどん宣伝してくれ。」
なんてことを本気顔で言っている。
そんなこんなで叔母たちは帰国することになった。それなりに楽しいイタリアを後にして


JHO4


イタリアに着くと、レーベルオーナーの“ドン(ニックネーム)”に会うべく予約していたホテルへ。
「ちょっとしたコネクションがあったんで機内誌に載っけてもらったよ。『アジア特集』をやるっていうからね。持つべきものは友さ!長旅でお疲れかい?今日から毎日エキサイトエキサイト。ん?うれしくないのか?腹減ったのか!よっしゃ、腹一杯食べな。でも、ここはちょっとばかり高いから、知り合いのピザ屋に行こう。うん、そうしよう!」
 会うなりまくしたてるようにしゃべり続ける“ドン”の車で向かった先は、海沿いにある漁師小屋にただペンキを塗っただけのピザ屋。“ドン”は、3人の好みを尋ねることもなく次々と注文し、ピザを待つ間もずっとしゃべり続ける。
「ここのピザは最高だよ。楽しみにしときな。ここのピザを食っただけでもイタリアに来た甲斐があるってなもんさ。おっと、いけねぇ。ちょっと喋りすぎかな。いかんいかん。じゃあ、ビジネスの話を始めよう。」
 “ドン”はゆうに100キロを超えているだろう巨漢、おまけに髭に顔のほとんどが覆われており、来ている洋服ははちきれそうなオーバーオール。叔母曰く
「落ちこぼれのマフィアみたいな人。圧倒されっぱなしよ。」
 “ドン”は、顔の汗を首に巻いたタオルでぬぐい、瓶ビールを一気に飲んで話し始めた。
「俺は本気だよ。あまえたちの音楽はエキサイティングだ。東洋の神秘だぜ、まったく。俺も昔はバンドやってたんだ。ヨーロッパ中をサーキットするようなね。でも、息詰まっちまったんだ。こう…うまく言えないけど、パッションがなくなった。そう、パッション。レコード会社は売れる曲ばかり作らせようとするしね。売れる曲つくるだけなら簡単さ。ヒットチャートの上位30曲くらいをパラパラ聴いて、自分たちにあてはまるエッセンスを見つけて、ちゃちゃっとくっつけて曲書いて、大げさに演奏すればそれなりに売れるもんさ。信じてないだろう?これが証拠さ。」
 “ドン”は、ポケットの中からくしゃくしゃの雑誌の切り抜きを叔母たちの前に差し出した。そこには、“ドン”の顔が大きくデザインされているレコードのレビューらしきものが掲載されていて、その大きさは他のどのレコードよりも大きく目立つように配置されていた。
「これは、船に乗る直前にリリースしたやつだ。完全に病んでいる顔だよな。『イタリーのジム・モリスン』なんてふざけた宣伝文句も頭に来たもんさ。ま、もうどうでもいい話。俺は、お前たちYMOにかけるんだから。」
 YMO?YMO?YMO?
「それにしても、信じられないよな~。YMOっつうには、こっちでも結構話題になってたんだぜ。アジアにすごい3人組がいるって。ロンドンでライターをやってる友人からは、シンセでパンクやってるみたいな風に聞いていたんだけど、テープに入っている音は、まるっきりシンセ使ってないよな。飽きたんだろ?飽きるよ、シンセなんて。お前たちの正しい進化は、俺みたいな音楽やっている人間が一番分かるんだよ。なあ、兄弟たちよ。お前たちは、今のお前たちのままでいい。もう一花さかせようぜ。ぱぁ~~~~~っとな!!!」
 この頃には、どうやら勘違いされていることに叔母たちは気づいた。何度も送ったエアメールには、『JHO』というバンド名を書いていたし、勘違いされるはずないんだけど、どう考えても勘違いされている。
「すみません。私たちはYMOではありません。」
「分かってる、分かってる。JHOだよな。音楽性の変化とともにバンド名を変えるなんてよくある話さ。俺はそれについては何も口出ししない。なんつっても、お前たちの一番の理解者であり、最良のパートナーだからな。気にすんな、そんなこと。それよりもピザを食え、どんどん食え。」
「そうじゃなくて、私たちはJHOであって、YMOじゃないんです。」
「だから分かってるって。気にすんな。JHOで売り出すよう手配してるよ、ちゃんと。生真面目なところが日本人の良いところであり、悪いところである。こっちではお前たちは音楽に専念しな。他のことは俺にまかせとけよ。それで万事問題なしっつううもんだ。ほれほれ、ピザ食いな。熱いうちがうまいぜ。」
「う~ん…そうね、じゃあ食べるわ。」
 お腹すいていたこともあるし、“ボス”に疲れたこともあってとりあえず3人はピザを手にとって食べ始めた。うまい、うまい。たしかにうまい。4人は無我夢中で食べた。
「ちょっと待てよ…。お前たちは、YMOなのか?」
叔母たちは、持っていたピザを皿に戻し口をそろえてこう言った。
「NO.」


JHO3

イタリアまで海流に乗って届いたデモテープ…なわけもなく、事実はこうだった。
特殊な金属の材料を運ぶ大型の貿易船が北九州市若松区の洞海湾というところに停泊していて
暇な時間を使って甲板から釣りをしていた船員の釣り針にひっかかったというのが真相(笑)。
 長い船旅を退屈しているイタリアーノたちには格好の暇つぶしになったようで、本国に着くまで船内放送でガンガン流されたみたい。その船の中に、叔母たちへ連絡をくれた新興レーベルのオーナーとなる人がいて(レーベルを立ち上げるための資金稼ぎに船に乗っていたとのこと)、イタリアに着いてから叔母たちにアクセスしたらしい。叔母曰く
「何百回も聴かされると、つまんない音楽のそれなりに聴こえてくるものなの。」
つまり、叔母たちが放ったデモテープは、数百メートル流されただけでイタリアに渡ったんだ。計画通りにはいかなかったけど、目的は果たしたということかな。
 当時は、メールもなかったため、もっぱらエアーメール(手紙)で連絡をとっていたらしい。だから、話も遅々として進まない。そこで、夏休みを使って3人はイタリアに行くことにした。もちろん、学校には内緒だ。
「聞き分けのない生徒たちを相手にしてもニコニコ笑いながら諭せるくらいに心に余裕が出来たわ。それくらいイタリア行きを楽しみにしていたわ。」
叔母は当時のことを振り返っていつも言う。
 そして、待ちに待った夏休み到来。
 1週間の予定でイタリアへ…半分以上、いやほとんどが旅行気分だったので和気藹々と機内でトランプなんかを楽しんでいた。すると、同じ飛行機に乗っていた外国人が雑誌のようなものを差し出してきてサインしてくれと言う。その雑誌を見た3人は気絶しそうになった。雑誌の表紙は、彼ら3人だったのだ。
 雑誌と思った本は機内誌で、各座席に設置していた。そこに撮影の覚えがないカット…それも、笑わせるためのコスプレのような3枚がデカデカと表紙を飾っていたのだ。
「フライトの間に、50人くらいにサインしたわよ。サインなんかしたこともない3人でね。おもしろかった。でたらめにクネクネ書き殴るだけのサイン会。それより、問題は、何故デビューもしていない私たちの写真が機内誌に載っているか。悪夢なら早く目が覚めてと思ったわよ。目覚めることもなくイタリアに着いたけどね。」
イタリアでは、それ以上のことが待っていたらしいけど。


JHO2

ごめん、ごめん、ちょっと返事が遅くなってしまった。
車の調子が悪くて、色々と手を加えてた。
旧車に乗ってるもんだから、時々すねるんだよね。
では続きを。

海に放たれたテープに対して、なんの反応もないまま2ヶ月が過ぎた。
そりゃそうだよね。
海流に乗って知らない土地の知らない誰かに…なんて、まるで夢物語。
3人はデモテープのことを口にすることもなく、
相変わらず音楽室に集まっては
来る日も来る日もレパートリーを増やすべく練習に励んでいたんだ。
ところが、ある日奇跡が起きた。
イタリアの新興レーベルから、連絡があったんだ。
「あなたたちの音楽を聴いた。エキセントリックだ。連絡とりたし。」
みたいな内容。
そりゃ沸き上がるよね。
叔母たちが放った瓶は、プカプカと海を渡って“デビューの入り口”に
到着してしまったらしい。
そして、メンバーはそこに書かれていた連絡先にエアーメイルを送りかえした。
新しいレパートリーを録音したテープを添えて。


JHO

この写真は、結局デビューすることのなかったテクノトリオを
売り出すために20年前以上前に撮影されたもの。
何故、僕が持っているかというと真ん中に写っているのが叔母だから。
このテクノトリオにまつまる話が傑作で、
3人は小学校の先生で忘年会の余興用にバンドを結成した。
音楽は好きだったらしいけど、毎週木曜日にオンエアされてた
『ザ・ベストテン』を欠かさず見ていたような
聴くのは歌謡曲専門というタイプ。
その番組で見たYMOの印象があまりに強烈で
‘のぼせあがっていた’叔母たちはYMOのコピーをやろう
ということになったらしい。
だけど、誰もシンセなんて持ってないし、
当時はとても高価なものだったから
機材は小学校の音楽室にあるものを使うことにした。
鉄琴、木琴、大太鼓、小太鼓、シンバル、ピアニカ、マラカスなどなど。
もちろん練習は音楽室で放課後に行い
楽譜は音大を出ていた叔母が試行錯誤しながら作ったみたい。
“音楽”なのか“YMO”なのか
夢中になった原因が何だったのか分からないけど
3人は魔法にかかったように練習に明け暮れ
それは大絶賛を浴びた忘年会が終わっても続いた。
もちろん、音楽室でね。
いつからか誰からともなく、デビューしたいなと思い始めたみたい。
だけど、公務員なわけだし、そこには“ルール”という壁が
あることを承知していたので、ライブハウスはもちろん
コンテストに出ることすらためらっていた。
「YMOは、ヨーロッパから火がついて日本には逆輸入される形で売れた」
という話を練習後の音楽室で聞いた叔母は、ピンときたらしいんだよね。
「密閉した瓶にカセットテープを入れて、海に流そうよ!」
3人はそれがどこか知らない土地に流れ着くなんて信じなかった。
だけど、なんとなくモヤモヤした気分が晴れるかなと思って
早速、デモテープ作りを始めた。
マイクもオープンリールも全て放送室に行けば揃っているからね。
校長先生をはじめ、他の先生たちには
「音楽授業の教材作り」ということにして
休みの日もレコーディングさせてもらったというから、
ある意味おおらかな時代だったんだろうね。
そうやって作られた100本の瓶詰めデモテープは
連絡先が書かれたメモと一緒に
近くの海から、知らない土地に向けて放たれたんだ。

なんか、長くなったから続きは明日書くね。


3人で1人

この3人ほど仲がいい姉妹はいないんじゃないかと思う。
この3人は3つ子で(全然似てないけど)
母親はシングルマザーで
彼女たちが高校を卒業すると同時に亡くなったらしい。
それいらい、3人は不思議な生活を送っている。
似ていない3つ子の彼女たちだけど、それ以外は驚くほど一緒なんだ。
身長はもちろん、手足のサイズやスリーサイズ、洋服の趣味から異性のタイプまで。
だから、生活に必要なほとんどのものを3人で共有している。
決して褒められた話ではないけど、保険証やパスポートなんかも1枚で済ませているみたい。
極端に言えば、3人が生活するためのコストが1人分で間に合うってこと。
そんなことやって大丈夫かよ?と思うけど
その生活を始めて7年間、なにひとつ不自由はなかったらしい。
だからかどうか分からないけど、彼女たちは週に2日ずつしか働いていない。
2日×3人=6日といった計算なのかな。
それで1人分の生活費は稼げるだろうから。
これはこれで優雅な生活だよね。
優雅に暮らしているから、彼女たちは曇ったところや歪んだところがないし
一緒に遊んだりすると、身体を覆っている不穏な膜が溶けるような幸せな気分になる。
この写真は、3人の誕生日に撮影したもの。
底抜けに明るい雰囲気が伝わるかな?


20年前の“黒”って娼婦の色じゃなかったっけ?

20年前の“黒”って娼婦の色じゃなかったっけ?

女性の下着について、男の僕にはどうしても分からないことがある。
「なぜ、その下着を選んで買ったのか?」

男と比較すると、女性のものは無数に思えるほど沢山の選択枝がある。
色、かたち、素材…。
何を思って買うのだろう?
一時期、この疑問を色々な女性にぶつけてみた。
だけど、どの答えも僕を納得させてくれなかった。
選んで買うからには、かならず理由があると思うんだけどな。
疑問は深まるばかり。
だから、理由を聞いてもいいかな?
よかったら教えてください。

追伸・以前、古着のバイヤーをしていた。
   仕入れ先の倉庫には、たくさんのコンテナがあって、
そのコンテナには種類別に分けられた衣類が詰め込まれていた。
それを組まれた足場から覗いていって、気になるコンテナにダイブして
衣類を掘る...そう、まさしく掘りながら、商品を探していくんだけど、
女性の下着ばかりが入ったコンテナを何度か見たことがある。
あれは、どこから来てどこに行ったんだろう?
ちなみに、そこにはダイブしてないよ(笑)。


カフェ CQ

田舎道を昇って、何回か右折と左折を繰り返すと
両脇の木立がとぎれ、一気に空が広がる。
柵の手前で、その道はあっけいくらいにカットアウト。
そこからは、空と海と悠々と舞う鳥たちのみ。
そんな場所で彼女はひとりカフェを営んでいる。
コーヒーが嫌いだからと、メニューにコーヒーがないカフェ。
コーヒーを水代わりに飲む僕が通うようになって3年くらいになるかな。
この場所が好きな理由に、BGMが流れていないことがある。
風の穏やかな日はゆったりとした時が流れ
そうじゃない日はカフェに守られているような気分になる。
無駄がない空間なんだ。
そこは彼女のアトリエとしても機能していて
“子宮”をテーマにした小さなオブジェがカフェのいたるところに置いてある。
僕にとって、そこは子宮の中のような場所なんだけど
子宮の中にたくさんの子宮があるというのもいいよね。
今度いつ会える?
ドライブしながら行ってみないか?


廃人テスト

今日、アフロにしてみた。
アフロにしたついでに、サングラスを買った。
どう?
ジロジロ見てくれ、行き交う人々。
僕のイメージから本当の僕はどんどん離れていく。
それでよし。
分かってくれてないことが分かっていれば、
分かってくれないと傷つくことがなくなる。
だからジロジロ見てくれ。
変な人と思われれば思われるだけ楽になる。
いい加減楽になりたいんだ。


スタートをかねてテスト

『Air Silky』というラジオ番組が、クロスFM(福岡)で時々オンエアされています。
この番組は、僕が制作したミックスを木寺さんに聴いてもらい
そこから喚起されるイメージで撮り下ろしをしてもらった写真をWEB上にアップするという企画。
ラジオ番組をワンマンスタイルでやり続けて10年を経過した。
制作した番組はすべて“less talk,more music”。つまり、トークが他の番組に比べて圧倒的に少ない。だけど、全くないわけでもない…。
番組の主役は僕ではなく音楽たちなので、なるべくトークをかませないようにしているけど、
全くのトークレスにすると、それはそれで各トラックの魅力を伝えきれなかったりもする。そのバランスをとるのは、とても難しかったりするんだけど、ある時期から
「トークに代わる“ナニカ”をプラスできないか?」
と考えはじめ、ほどなくして木寺さんを友人より紹介してもらった。
「写真と音楽のコラボってどうかな?」
というアイデアが浮かび、早速、木寺さんに相談したところ、是非やろうということになり、ラジオ番組『Air Silky』は生まれた。
そして、今回は「写真と文章のコラボ」をココで始める。
ココでは、木寺さんに写真をアップしてもらい、そこに僕が文章を付けるという
ラジオ版とは、逆の手順で行う。アップは、基本的に平日の毎日を予定。
木寺さんの写真は、僕個人としてもゾクゾクすることが多いので毎日の楽しみが一つ増えたような気分がしてワクワクしている。
文章のテーマは、不特定の誰かに向けたメッセージ。
色々な人とのコミュニケーションを始めたいな。
どんどんメッセージをください。

…テストのつもりで書き始めたのに、ちょっと長い文章になってしまった(苦笑)。
だけど、これでもテストです。
では、また次回。

2004.10.08 木本和久